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[ふでおろし」…第一話

Log Days…
今のお若い方…。
「ふでおろし」と聞いて即座に「ああ、アノこと」と連想できる方はそうは多くはないはず。
ご存知であれば、古き良き昭和かそれ以前の時代感覚をお持ちの方で…。
ワタシ的には好意的な青年なのだが…。

男子青年諸君!!
貴方は、いつ”初体験”を終えましたか??
そう!それを「筆下ろし」というのだ。
詳しいことはネットで…。

古人達は、なんと趣のある言葉を生みだしたのだろう。
ナニを”筆”に擬えて、”筆”が唯一の筆記用具だった時代…だからこその言回し。
ワタシの若き頃にはまだ、この味わいのある情緒的な言葉が生きていた。

ただし…。
前提として断っておきたい持論。
社会に地に足も付いていない近頃のガキどもが、性的な興味欲求だけでいきり立ち…。
合意であるにせよ仕出かす行いは、この言葉にとっては不本意。到底論外なり。

今の世情…。
商業的で短絡的で淡泊で体温さえも感じない男と女の関わり方を見聞きする度に…。
だから余計に懐かしい記憶である。

これはワタシの”童貞喪失の自叙伝”である。

しかし、書き始めたものの、話の結末に行きつくまでに随分と長めの前説になりそうな気配…。
なので…二話で完結。

では、その第一話から…。

「筆下ろし」…。
遊郭が代名詞のような「花柳界」で生まれた隠語。

古く遊郭には芸妓と娼妓がいた。
今、遊郭は消え、花柳界の中心は、置屋とかお茶屋や料理屋が集まっている「花街」などの地域で…。
芸妓や舞妓の住む生活文化が営まれている。

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                    <京都 花街>

ワタシは23歳であるゼネコンに就職した。

30数年後のリタイアするまで、山岳トンネル工事だけを担当する専門部に所属していた。
ちなみに、陰では、他の仕事が出来ない”トンネル馬鹿”と言われていたのだが…。
トンネル工事は大規模なプロジェクトが多く、1件の請負額も数十億は下らず…。
在職中に、1m当たり1000万円ものトンネルを掘ったこともる。
当時の景気も追い風になって羽振りはかなりのものだった。

大規模な工事を受注すると「顔合わせ」と称する会合を開くことが定例で…。
元請と下請会社(今は協力会社と呼ぶ)の工事関係者が一同に会する大宴会。

その開催場所は、ほとんどの場合に「花街」で、お決まりの割烹料亭・旅館があった。
花柳界には”一見(一現)様お断り”の定め事があって、必然的に限ったお店を利用するようになり…。
お得意さん待遇を受けられる特典もあり…。
でもそれ以上に、社内幹部がその料亭の女将にぞっこんだったりもした訳で…。

ワタシが初めて連れて行かれた「顔合わせ」は入社2年目の新参ペーペーの時。
高速道路の長大トンネルを確か70億位で受注した時。参加者は総勢40数名。
京都のある料亭が宴会場で、出入りの置屋から呼び寄せた一流上等どころの芸妓と舞妓…。
合わせてかなりの人数だった。

G6.jpg
                   <お座敷 イメージ>

お座敷でワタシの席は、もちろん入口に一番近くの場末である。
例え元請会社の社員でも、下請会社のお歴々よりも格下扱いが当たり前の時代…。

お偉方や来賓の講釈が終わり、お座つき(芸妓や舞妓の演舞・小唄)や余興のお座敷遊びが続き…。
宴が進み一段落すると、それぞれ銘々に盃を交わしつつの談笑が広がる。
ワタシの場合、ほとんどの方と初顔合わせ…。
最下位、最年少のワタシも、お歴々の卓を次々に周りながら、おぞおぞとご挨拶を始める。

ご挨拶の”献杯”と”返盃”の流儀作法は、宴会の前日に先輩からきつく伝授された。

先ず、お辞儀。氏名・所属に出身など自己紹介に続けて、ご指導とご鞭撻を拝する言葉を連ねつつ…。
お相手の盃に酌をして満たす。
飲干した空盃を頂き、同じように酒を満々と注いで「お流れ頂戴します」と…。
それを飲み干し、盃洗して返す。

一人の舞妓がビール瓶やら徳利を持ち、介添えをしながら傍にいてくれた。
これが、この先への続き、その発端が作られていた訳で…。

ご返盃も一人に一回であればまだしも、「まぁいいじゃないかもう一杯」と返されれば受けないわけにはいかない。

多分、30人程の献盃を受けながら席を回った頃だろうか…。
おそらく…40,50杯に近くを飲んでいたはずで、ビールに日本酒に少しの水割りも混濁していた。
膳の御馳走を食べる時間も限られて、腹はスカスカに近かった…。

ワタシは元々からの”大下戸”で、アルコールは一切受け付けない爆弾的な体質なのだ。
しかし、宴会の主旨、己の立場を弁えれば口に出来るはずもない。
場の雰囲気に緊張この上なかったのは確か。その限界がとうとう来てしまった訳で…。

突如、目の前が真っ暗になり、半端のない冷や汗が噴出。
体中の血が引いたかの悪寒が走り…そのまま卒倒。

緊急事態の周囲の声や急ぎ足で畳を摺る足音と、ドクドクと心臓の激しい鼓動が…。
混信しながら耳の奥に響いた。

ネクタイを緩めたり、ズボンのベルトを緩めたり、冷たいおしぼりが額に当てがわれたり…。
応急の手があちこち巡り回る内に…。
柔らかい布団のようなもので持ち上げられて宴会場から運び出され・・・。
どこかの部屋に寝かされて、体がス~っと伸びたところから暫くの間の記憶が飛んだ。

生気は失っていても動転していて、その安堵の一瞬にそうなったのだろうが…。
どのくらい寝たのかは全く分からない。

コッチコッチと柱時計の振り子が刻む音で目が覚めた。

真っ先に、杉板で組まれたの格子天井が見えた。
ふら付きが収まらない頭をゆっくりと動かしながら、自分の置かれている状況を早く確認したいと気が走る。

そこは料亭の4畳半。布団部屋も兼ねていた。
重みのある箪笥や神棚に囲炉裏鉢。
鏡台も据えてあって、芸妓や舞妓の化粧直しの控え部屋。

寝床の脇には、水の入った洗面器と氷嚢(氷枕)があって、吸い飲みも置いてあった。

そして傍に…。
ファッション雑誌をめくりながらワタシの様子を伺う様に…優しい姿のあの舞妓が見えた。
   ・
   ・
   ・
ここで第一話はお終いに…。
この先は、短編の純愛小説にも似て…。
今でも鮮明な忘れ得ぬ追憶、その情景を書き留めたいと思う。
ご期待下されば光栄なり ・・・!!

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